出獄人に対する態度
この三月に名古屋監獄より出獄を許さるる満期免囚は130余名に達し、そのうち初犯の者は総員の半数に充たず。
目下免囚に授産の便宜を与え、正業に導く保護機関としては、ことごとく民間の施設にかかり、原胤昭、金原明善をはじめ幾多篤志家の救済機関ありといえども、とうてい全国幾万の免囚に対しては、その千分の一をも収容する能わず。
その大多数は再び放浪生活に復帰し、外部の指弾擯斥と、営むべき適当の職業なきとは、彼らをして自暴自棄に陥らしめ、再び牢獄の人たらしめざるものほとんど罕なるがごとし。
ここにおいてか出獄人に対する保護法は社会政策上より見て頗る緊要のものたらずんばあらず。
犯罪の憎悪すべきや論を俟たざるところなるが、その心事を忖度せば、憐察すべきもの有り。
任侠誤まりて牢屋に繋がるるもの、孝道を間違えて窃盗を働くもの、罪悪抵抗心の天性薄弱なるもの、四囲の悪風に感染したるもの等、いま枚挙するに遑あらざるも、多くは止む得ざるに出たるものなり。
昔者「其の罪を悪んで其の人を悪まず」と云えり。
然れども、其の人無ければ其の罪なく、犯人と罪とは分つべきがごとくにして畢竟離すべからず。
むしろ犯行を来したるは周囲の事情に駆られたりとすれば、犯人と社会とを連関対照して考察すべきなり。
性来順潮に育ち清浄無垢の人、誰かまた犯罪を企てんや。
然れども落魄数奇、内に旺盛なる正義心を蔵せざるもの、ややもすれば刑域に触るるは人情往々にして免れざる弱点ならずや。
弱点は弁護の余地なしといえども、その落ち行く径路をたずねては、社会の一員として、まさに一掬の涙無かるべからず。
然るに、富貴功名に酔い、独りを善くするの徒は、これら敗残憐むべきの人を顧みざらんとするは、豈一大痛恨事にあらずや。
教育の事なる学校と家庭と相俟って、その効果を挙ぐるを得べし。
免囚の矯正策たる司直の府と社会とがまさに相呼応するところなかるべからず。
かりに司直の士、刑罰法令を適用して犯人の罪科を断ずる、あたかも辞書対数表を繰るがごとく、司獄の吏ただその執行の任にあたり、満期免除ふたたび社会の舞台に上らんとすれば、社会これを遇するに全く猜疑の眼と軽侮の念を以てせば、犯罪人の改善、到底望むべからざるなり。
先天的犯罪人のごときはしばらくこれを措き、普通犯人にありては鉄窓苦役の裡、必ず衷心悔悟し、出獄の暁には奮って正業を励み、罪過を償わんとの心念、油然として生ずるも、一たび社会に出づれば公衆は刑状持を以てこれを遇し、為さんと欲するところを為さしめず、その失望察するにあまりあるなり。
士は己を知るもののために死す。
知己の感は人をして発奮措く能わざらしむ。
数年前、本間俊平は長州一鉱山の採掘に従事し、一免囚を直ちに傭うてこれに金庫の鍵を預けたり。
免囚その信用の厚きに感泣し、終生その主に仕うべきを誓う。
時人、一佳話となす。
友人に肺病患者あり。
己れ病毒の伝染を惧れ、遠く望みて叫んで曰わく、
「安心立命は唯一の妙薬なり。幸いに自愛せよ」
と告げば、友人の感想や如何に。
出獄青天白日の身、今より奮って正業に励むべしと説き、陰には猜疑軽侮を以てこれを遇せば、免囚の落胆や如何に。
然れども予輩を誤るなかれ。
豺狼ただちに用ゆべしと言うにあらず。
多くの傷める鹿羊はこれを馴致して、自他ともに救うの途ありと言うのみ。
〔明治44年3月10日 『名古屋新聞』 1面トップ無署名論説〕

1913年 A. Capellani 監督作品、 H. Krauss 主演 Les Misérables (邦題「噫無情」帝国劇場大正2年12月興行:「ジャンワルジャンが急迫のある日パンを盗みて捕はる」の場)