活動すべき天地

高等遊民の語、数年前より生じ、いかにしてこれを救済すべきかの疑問、一般社会の懸案となりおれるが、この問題の解決せられざるにもかかわらず、高等遊民は年々歳々増加をきたし、しかして、単に高等遊民にとどまらず、中学教育をえたるもの、また就職の途を求むるに窮し、一種の遊民となって、社会の一隅に噞喁げんぐうしつつあり。 専門教育を受けたるものが就職する能わず、自然に高等遊民を作る事、多少同情すべき点あり。 然れども中学教育を受けたるものが就職し難しとて遊民となるは、彼らの思想の根本的に誤れるを責めずんばあらず。

中学教育を受けたるものが職に就きて何ほどの報酬を得べきや、はたまた、その中学教育を受けたるは中学卒業と同時に糊口の資を得るを目的とするものなるか、或る種の実業教育についてはこれを別とし、その他についてはこれを修むるの目的なお他に存在するものあるべし。 さもあらばあれ、繁劇はんげきなる社会と激烈なる生存競争、ないし日に月に困難を来す生活難は、彼らをしてその目的を達せしめず、同時に父兄のもとに寄食するを許さず、種々の事情は彼らをりて就職の必要を感ぜしむ。 しかも、需要は漸次少きを来し、供給は年々歳々過多なり。 高等遊民に対する下級遊民の生ずる事、また理無きにあらず。 而も、社会の一隅に噞喁して徒らに世路難をかこつは意気地なき徒のなすべきわざ。 新興帝国の青年は更に一歩超越せる思想をもって、自家の新生面を開拓せん事を図らざるべからず。

人間じんかん到る処青山せいざん在りの語あり。 島帝国の青年は殊にこの語を以てその信仰箇条と為さざるべからず。 英国民は海島国の観念に富む。 而して、その海島国たる観念は彼らにとりて絶大の誇りなり。 「プライド・オブ・アワ・アイルス」の題下に英国の国画こくがえがかる。 英艦の航するところ必ず英国の国旗あり。 国旗の下、英国民は新英帝国を形作ってさかんに活動す。

セシル・ローヅは南阿マトポスを以て墳墓の地と為せり。 彼の気魄きはくは大英国民の民族的性格を遺憾なく発揮せり。 金剛石王として巨大の富を支配し、而も、これを以て帝国主義経営のため抛棄して省みず、かつまた一生涯独身を以て終りたる事、その行動の英雄的たる、到底凡人の模倣し得るところにあらず。 その報国尽忠じんちゅうの精神、海におけるネルソンと共に、陸における英国魂の権化として、百代の後に推賞するに足る。 而して、この英雄的精神は英国民に固有する性格にして、あわせてその大理想とするところなり。

日本国民にこの精神無しとは言い難し。 もし馬場辰猪にしてローヅの富と事業とを与えしむるあらば、彼はローヅ以上の大事業を為して、大日本帝国民の気魄を示したるべし。 高峰譲吉氏は米国において成功したる人なり。 吾人の寡聞いまだローヅのごとき英雄的行動を以て国家のために酬いつつあるを知らず。 然れども、異域において先進国の先輩を凌駕するに足るの大発明を為し、富巨万を算して、陰に陽に祖国のために事を図る、また一種の壮図そうと雄略を認め難しと言い難し。

明治もすでに四十四年なり。 年の進みたるがごとく版図も拡大せり。 満鮮の地、南洋もまた白瀬中尉の開南丸によってその航路を短縮したるがごとき感あり。 北米に渡住する事にして難事たらば、南米の新天地に赴くべし。 而して、南進は我が殖民の最適地たるべく、同時に我が殖民政策としては南進政策を採るの優れるに如かず。 然れども、北には新版図樺太からふとあるをも忘るべからず。 北海道に移住するとまさに五十歩百歩、些の遠近無し。

男子郷関を辞して他郷に墳墓の地を求めんとす。 距離の遠近等眼中にくべからず。 而して、既開未開もまたその問うところにあらず。 要は異域日章旗を樹立して、日東帝国の臣民またこの処に在りの気魄を列国に示さば可。 現代の青年は実にこの気魄を以て世につの覚悟無かるべからず。 もしこの精神にして青年の時代精神となるあらば、あに一人のローヅをいだす無くして止むあらんや。

二百トンの小船をして、赤道直下を横断し、而も、一人の病者死者を出さざりしは、我が帝国の国民たらずや。 身体の健康、体格の強壮はこれによって遺憾なく証拠立てられたり。 資金乏しく、準備薄く、而も極地を探検せんとするの勇気を以て、海外に活動の天地を求むるあらば、男子の志何ぞ達する能わざらんや。 遊民となりて社会の嘲笑を受け、為す無くして日を送るがごとき青年、須らく活動の天地を海外に求むるの手段を採れ。

〔明治44年3月30日 『名古屋新聞』 1面トップ無署名論説〕

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