小野おののばかむら小伝しょうでん

式亭三馬

文字もんじは陰陽を生じて万象をあらわす人間日用の急務なり。 小野篁おののたかむら歌字尽うたじづくし誰人どなたの偽作なるや知らず。 趣向は面白けれども 「已己巳いいきみ樂樂ぎゃはは」 のごとき誤説ごせつすくなからず。 かえりて童少こどものために毒をながす。 いま著わす「譃字尽うそじづくし」は看板かんばんいつわりの文字をあつめたれば、毒にも薬にもならず、覚えて用にたらず、忘れて困る事なし。 ただ子をしか薬罐爺やかんおやぢ渋面しぶつらやわらげ、嫁いぢる猫股婆ねこまたババァおとがいを解き、 だんまりぼう苦虫にがむし食潰くっつぶし、 笑って三百損をしたるともがらをしてあご掛金かけがねはづさしめんと欲する而已のみ

小野愚おののばかむらうそ八百余代。 淮々わいわい天皇の御時おんとき小野おのの侭成ままなりといえる狂歌師のようなる名をなのる人ありしが、或時あるとき竹林ちくりんの下に一人の童子どうじ立ち居たり。 ぼんならぬ者よと思いのほか、 る音ぽんぽんと鳴りければ、「ぼんならぬ」にあらず、さては「ぽん鳴る童子」ならんと 家にやしないけるが、元来やぶの中にて屁をりしゆえ 弥治郎やじろうとぞなづけける。 「虚字尽うそじづくし」 はこれよりはじまるわれにて、の古語にいえる 「うそつき弥治ろうやぶの中で屁をった」とはこの事なり。 のちますますうそつきに妙を得て小野愚おののばかむらとなのり、 この「虚字尽うそじづくし」を製作ありしとかや。

小野おののばかむら或時あるとき芝居しばいごっこして遊び居りしが、 だだの大臣お前のわんぱく樽拾王たるひろおう源公げんこう平公へえこうおのおの天神講てんじんこう列座れつざにて、 「子」の字八つを書いてこれはやく読んだ者は能子いいこだとありければ、 ばかむらとりあえず智恵のほどをぞ見しらせける。

なんと名歌であんべい。

〔文化3年 『小野おののばかむら譃字盡うそじづくし』 第11〜12丁〕

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