社会主義で有名になった伊串君、 「明日(五月一日)は労働祭ですから、 公園で一つ労働運動をやりたい」 という。 「それはかろう、 君らの仲間でかい」 と尋ねると、 「イヤ、僕らの仲間というものはありません。 僕一人きりです」

「それは一層よい。 君一人の運動なら毎日行っても、警察は気にしない。 そしてそれが君の身体のためにもなるよ」 で大笑い。 名古屋のメーデーも、これだから心細い。

去る二十八日、 名古屋電燈会社が末廣座に重役、 株主連を招待して活動写真を見せた時、 市役所へも葉書の招待状がたくさん舞い込んだ。

「活動写真くらいなら差支えあるまいけれど、 時節柄、出席を見合わせた方が」 と小泉教育、鷲見水道はじめ大部分は出て行かなかったところ、 欠席した面々へ向けて、 立派な菓子箱に更紗さらさを添えて贈って来たからサア大変。 受けたものかどうかと、 またも鳩首きゅうしゅ協議の結果、 浅山助役の下へ恐る恐るうかがいを立てた。

そこで浅山助役の曰く、 「なるほど、広義に解釈すれば一種の贈賄行為だ。 これは十分考慮しなければならぬ」と、 浅山さんだけに難しく考慮しているうちに、 肝腎の菓子はすっかり腐ってしまった。 助役になるといろんな苦労があるものだ。

〔大正10年5月1日 『名古屋新聞』 「森羅万象」欄 無題コラム〕
参考文献: 伊串英治「僕のメーデー」(大正10年6月4日 『勞働運動』 第12号4頁「地方通信」欄掲載)。 同「アナーキストのメモから:たった一人のメーデー」 (『愛知県議会史・第六巻』 [昭和42年愛知県議会発行] 252〜254頁掲載)。

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