盲目の猿が瀬戸電の娯楽園に一匹います。 名は八公はちこうというんだそうです。

八公は娯楽園の出来ると同時に、 或る猿廻さるまわしの手からそこへ買われて、 それから十年あまりも居るんですが、 どうした因果か、 途中で眼が見えなくなって、 それまでお菓子をもらったり、 い物を貰ったりすると、 習い覚えたげいをして見せたものだが、 眼が見えなくなってからは藝も出来ず、 手さぐりで人に物をねだったり、 「八公」 と呼ばれると、 眼は見えないけれど返事だけはするということです。

人間の盲目乞食に対して同情のない人でも、 盲目の猿だという事に興味を持って、 同情者が存外多いということです。 同情にもやはり興味が或る程度まで必要なものだ、 と或る人は申しました。

〔大正10年5月4日 『名古屋新聞』 「森羅万象」欄 無題コラム〕

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