社会主義の基礎的知識 (1)
社会主義は広義に解する共産主義の中の一部と云い得るであろう。 広義の共産主義とは、 私有財産権を廃止し、 一般経済貨物または生産資本の社会共有を唱道する経済学上の主義を云い表す。 この広義の共産主義を種々に分類し得る。 今その主なるものを挙ぐれば、
(一) 消極的共産主義 私有財産権を全然否認する主義に限る。 この共産主義の制度に従えば、 一般経済貨物は
悉 く社会の支配の下に置かるべきである。 この主義の指導者は前世紀の半ばに旺盛 を極めたモーズス・ヘスである。 社会各員に対する無制限の享楽権の是認、 労働の絶対的自由、 社会公益のための積極的協同活動等が、 この主義の重要なる条理をなす。 しかしこの不合理な、没常識的な共産主義は、 もはや今日においては誰も賛同するものは無くなった。 何となれば各自が擅有 し来 った財貨を他人が勝手に使用することを禁ぜざるがごときこの制度は、 必ずや総 ての産業を滅亡さし、 世界的恐慌、 絶望的混乱の状を呈するに至ることは明白の事実であるから。 もし他人が勝手に来て、 勝手に収穫を持ち去ることが許さるるならば、 誰か労して耕すの愚をなすものがあろうか。(二) 積極的共産主義 経済貨物の一部あるいは全部を社会の所有に帰せしめて、 社会がその物件の支配者ならびに分配者となることを主眼とする。 この主義を二区分しうる。すなわち、
(1) 過激的共産主義 一つの例外なく
総 ての社会の物件財宝を社会の共有にし、 その支配下に置く主義を称す。 すべての生産およびすべての消費を社会共通となす。 例えば社会の全員が同種の食物を取り、 同様の衣服を着し、 同等の家屋に住するような制度である。 この制度はバビフ等極めて最初の共産主義者によって唱えられたものである。(2) 温和的共産主義 この主義は経済学上資本と名付け得る物件を、 すなわち労働の対照となり得る物件、 さらに云い換えれば、 消費資本に対する生産資本のみを社会の公有となそうと主張する。 生産資本とは、 土地、原料品、工場、機械、器具、交通運輸機関等、生活に必要なる物件を
製出 するために手段として用いらるる経済貨物のことを称し、 日用品家具家財のごとく生活の直接必需品を除くのである。 かくのごとく生活必要品を生産する方便手段となる物件を社会の公有とし、 その管理および支配権を共和政府に一任することとなる。 この種の共産主義が、 現今において党与 を有する唯一のものである。 もちろん、この主義の中には色々の種類があるのであるが、 大体において二様に分ち得ると思う。 すなわち無政府主義と社会主義と。
〔大正10年5月7日 『名古屋新聞』 「反射鏡」欄〕