時事小言

水野昌蔵

(一) 太平洋会議について

七月二十七日のアウトルック紙は「軍備縮少と東洋問題」という題下のもとに、 「大統領ハーヂング氏が勧誘したワシントン会議に対して、 日本を除く他の総ての被招請国は全部非常なる満足を以て直ちに賛同承諾したが、 日本のみはいやいや承諾した」というような論法から書きはじめ、 「日本の賛同躊躇にはそこに相当の理由がある」などといやみを云い、 「しかして 日本は必ずやこの機会をとらえて日本にのみ特に重要な問題を取り出して論議するような勝手をする」などと不要の心配をしている。 また、

人は武備しているが故に戦うにあらず。 彼らは武備し、而して双方の間に思想意見の衝突がある故に戦うものなり。 古代の野蛮人は彼らの武器は棒あるいは石のみに過ぎざりしが、 現代人よりも遥かに多く戦いの生活をしていた。 国際間の戦闘はそれらの常備軍器のみを取り除くのみでは停止さるべきものではない。 平和を確定するに最も安全なる方法は、 強に代うるに弱をもってすることにあらずして、 不条理や不正義に代うるに条理正義をもってすることに在る

なんかとアメリカ式の議論を書き立て、 さらにその後に、

米国の西半球に対するモンロー主義と日本のアジアに対する大アジア主義とはその性質を異にしているものである。 もし日本も米国のモンロー主義のごとくにアジアに対して政策するならば、 米国は日本に賛助するであろうが、 左様でないから、いけない。 よろしく日本は自省すべきだ

などと米国式利己的論文を掲載している。

七月九日のネーション紙(ロンドン)は日英同盟問題についての論中こう云うて居る

英国の商人どもは、 もし英国が日本を同盟国として援助するならば、 英国商人らも日本商人のごとくに支那においてボイコットを受けなければならぬような破目に陥りはしないかと心配している。 この心配は尤もなことである。 故に日英同盟は熟慮する必要がある

などと日本のために甚だ有難くないことを論じている。

また太平洋会議に関しては、 「英米の親密なる友情は最も大切だ」 とか、 「支那の利益を計ることも甚だ大切である」 などと論じ、 日本のためには都合の悪そうな議論がしてある。

さらに日英同盟の過去の結果について論じて曰く、

日英同盟は英仏同盟によって仏国がモロッコにおいて為したごとく、 日本はその同盟のおかげにて朝鮮、満州、台湾、サガレン、山東を獲得し、 なお今は蒙古東部シベリヤを得ようとして腐心しつつある

と。 甚だ以て怪しからぬではないか。

(二) 電燈問題について

数年前、名古屋電燈会社の株主定期総会の席において、 伊藤勘兵衛君が、 「社会の木鐸なる新聞紙すらも購読料を値上げしたによって、 電燈電力の料金も値上げしてはいかが」 と申出たに対し、 時の福澤社長は 「電燈会社は公益事業に属する会社なれば、 なるべく値上げをしない考えである」 と明言せられたことがある。

私はその節、 これでこそ日本の電気王 福澤桃介氏なるかなと感銘驚嘆した。 現在の福澤氏があのときの福澤氏と相変らなかったなら、 電燈電力の値下問題もさぞ容易に解決の出来ることだろう。

日本電報通信十五周年記念号紙上に、 「大名古屋と電気事業」とかいう題目のもとに福澤氏は、 「人の幸福は努力することと天恵に頼ることによって得らるべきものである。 而して大名古屋は電力において大いに天恵に浴している」 と云われてあるかのよう私は記憶している。

この天恵に浴している大名古屋というのは愛知県名古屋市に居住している市民全体を指すのか、 ただ単に地理上の名古屋を指すのか、 或いは名古屋電燈の株主のみを指すのか、 今一度ただしてみたい。

米国では、 独占会社が余りに多くの利益を挙げ、高率の配当をせなければならぬようになる時、 国民の反感を避けるために、 株式をウォーターすると云うて、 空株を発行して同額の利益金を低率の配当によって株主に分与することが流行する。 名電燈会社もほとんどそれに類したような更に巧妙な方法をして居られはせぬかと、 私は敢て駄言を云っておきたい。

〔大正10年8月24日 『名古屋新聞』 3面〕

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