南方熊楠氏の裁判事件

日刊「不二」新聞で大阪警察官吏の腐敗を攻撃していた頃、即ち昨年11月7日であった、 警察本部の高等課から不二新聞社へ電話で

「南方熊楠という人はアナタの方の社員ですか」

と尋ねる。 警察本部から公然こんな事を尋ねるのは、 ロクな事でない。 警官腐敗の一大記事と共に 「情事いろごとを好く植物」 という南方氏の奇書を昨日の新聞に載せたから、それを風俗壊乱の記事として告発しようとするに違いない。 これは警察部攻撃記事の返報手段、すなわち 犬の糞かたき を討たれるものと察したので、当方は極めて慳貪けんどんな口調で

「社員か社員でないかを警察部の高等課たるアナタのほうでマダ調べていないのですか。 係りの人に聞いて見たまえ」

と根性悪の返事をすると

「それが分らないから尋ねるのです」

と云う。

「分らないのなら云ってあげよう。 南方という人は世界第一の大学者と自任している紀州田辺在住の学者です。 不二新聞の社員ではありません。 寄稿家の一人です。 今月一日に納本した月刊『不二』雑誌の第三号にも寄稿が載っており、また南方熊楠先生の逸話というのが載っています。 それを読んで見れば、南方先生の性格や何やかが分りますよ」

と答えてやった。

そうですか、不二雑誌に出ていますか

と云って電話は切れた。 そこで警察本部ではさっそく『不二』雑誌の第三号を出して、逸話の所を読んで見た上、同氏の寄稿 「月下氷人」 をも見て、 これも ついでに風俗壊乱として告発すべしと決したので

右二記事を新聞紙法違反として大阪区裁判所検事局へ告発したのである。

それで同月18日公判の開廷があって、不二新聞の発行兼編輯人池田暉次、不二雑誌の発行兼編輯人久世治三郎の両人とともに紀州田辺の南方氏も召喚されたが、南方氏は出頭しないで、宮武外骨に代理出頭の委任をして来たが、判事は

「禁錮刑または罰金刑という選択刑であるから、代人ではイケナイ」

と云う。 代人宮武外骨は

「選択刑ではありますが、検事の意見および貴官あなたの意見に、禁錮刑の予断がないのならば、代人でもヨロシイでしょう。 殊に南方という被告は変人ですから、とても召喚に応じて大阪へ来るような事はありません。 代人をお許しにならないのならば、南方の審問を田辺区裁判所へ御依嘱になっては如何ですか」

と云ったが、判事と検事とがクシャクシャ云った末、非法なりとて代人を許されず、また田辺区裁判所へ回付かいふもせず、南方に対しては欠席裁判をなす旨を言渡されて、当日弁護人格で出た代人宮武外骨は黙然として引下がった。 そこで両署名人は、一人の弁護人もなく簡単の答弁のみであった。 その要旨は

「大学者の執筆された記事であるから、その中に色気がかった所があっても、風俗壊乱にはならないと信じて載せたのです」

との趣意であった。 一人の弁護人も居ないので、検事は大威張り、 冷酷辛辣の論告を敢てして、一件一資格につき百円づつの罰金、すなわち 六百円の罰金 を要請したのであったが、 判決はその半額 すなわち三人各々百円の罰金に処せられた。

右の両人は直ちに控訴の申立をした。 その後、延期延期でマダその控訴公判の開廷には至らないが、南方氏は欠席裁判に服せず、田辺から故障の申立をしたので、1月23日大阪区裁判所でその正式公判開廷の事となったが、南方氏はまたも出頭せず、今度は罰金刑の不服であるから代人でよいはずだと、またも宮武外骨に代理出頭の委任をして来たが、大阪区裁判所ではヤハリその代人を許さないので、ついに故障の申立は棄却となって、前の欠席裁判は確定となったらしい。 そこで両署名責任者が不服控訴および上告申立の結果、幸いに無罪となったならば、確定の罪人たる南方氏までが無罪となって、宮武外骨の無罪出獄事件と同様、第二の面白い事が起るであろう。

〔大正3年2月1日 『不二』 第7号 6〜7頁〕

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