樅、栂の原生林
そのかみ強者の夢を偲ぶ廃金坑
ハイキング・コースを探る:爽快な一泊の段戸御料林コース
室内に閉じ込められた一週間のウサ晴らしに、よく晴れ渡った秋の一日……樅、栂の原生林をもつ日本唯一の山林である三河の段戸御料林コースをハイキングして同好諸氏のための足の方向を示してみたい。 このコースは三河田口駅を起点とするもので、一泊に最適のコースである。 なお田口駅を中心として茶臼山コース、三河アルプス主峰碁盤石山コース等、冬季スキー場を持つ素晴しいハイキング・コースがある。 (カットの写真は椹尾谷の材木運搬索道)
午前八時に愛電神宮前を出て伊奈から豊川鉄道に、鳳来寺口から鳳来寺電鉄に乗換て十時半、目的の田口の駅に降りると、木曽山脈の延長だけあって高台性の気候が一種不思議な寒さを十月の末の真昼の太陽の下でもハッキリ感ぜられる、ここが帝室林野局の段戸御料林口になっており、ここからが目的のハイキングコースである。
コースは駅前から寒狭川に沿う渓谷に従って、新らしく敷設された椹尾谷軌道(材木運搬用の軽便)に沿って、どこまでもどこまでも段戸山を目当に西進して行く。 進み行く両側の山々は急スロープで寒狭川に落ち込んで来て、谷間には立派な杉の森林が真黒に輝いて続いて行く。 コースはちょうど南の山の北側の岩を切開いた道を通るため、清水がポトポトと落ちて来て、額をスベリ落ちる汗もすっこむ冷さで真夏だったらナァーと嗟嘆させられる。 案内の田口駅長さんは 「夏だったら寒狭川の岩魚釣りが素晴しいです」 と如何にも残念そうであった。 あくまで渓谷に沿って歩くこと約五粁にして椹尾につく。 ここには秋田製材所の事務所があって、お茶や弁当位の世話は美しい娘さんがしてくれる。
お茶と娘さんのサービスですっかり元気を恢復して、ようやく杉の森林も通り越し、檜の植林地帯へ進んで行く。 もうこの辺りは段戸御料林の中心地帯へかかるので、標高も一千米を示して来る。 椹尾谷軌道の終る所に秋田製材の索道木材運搬線が山から山へ谷を越えて、木材を空中運搬している。 これを左に見てはじめて我国唯一の樅、栂の原生林の中に入る。 二抱三抱もある樅が寒狭川の源流に沿うて両側に生い繁っている。 夏の真昼なら鶯が二重唱三重唱どころか混声合唱をして疲れを癒やしてくれ、仏法僧は長野の戸隠山以上に鳴いてくれるにナァと駅長さんは嘆く。 樅、栂は仏法僧の棲息にもってこいで、仏法僧のために伐らずにあるそうである。 原生林をくぐって段戸山の頂上を北から西南へ廻ると、もう矢作川の源流があって、分水嶺をなしているあたりより山を下りつくすと、田峰小学校の前に出る。 この裏にある御料林の官舎、裏谷休泊所に着いたのが午後三時で、ちょうどここまで十二粁の行程を四時間ついやしたことになる。
この裏谷休泊所に一泊してツグミ狩に高原の朝気分を味うなんか、ハイキングマンでなければ味えない気分である。 もう紅葉はスキ通るような赤さを見せているし、櫓炬燵に入って、ランプの燈の下で御料林の役人さんから、段戸の地勢、歴史を聞くのなんか素晴しいでしょう。 段戸の金沢谷には金鉱があるが林野局の保存林にあるため採掘ができない。 また信玄沢には武田氏が採掘したという廃金鉱があり、満俺峠からは満俺坑の跡が発見される等、原生林のほかにこうした素晴しいものが伏さっている。
一泊したら翌日は同じ道を帰るもよし、また裏谷休泊所より出来山にハイキングして、朝の山気分を味わいながら南西へ進むと、ビンカ峠に見晴台があって、本宮山、鳳来山を一望におさめ、はるかに渥美湾を眺め渡せる。 このビンカ峠から鰻沢または栃洞へ出て、御料林軽便軌道に沿って三都橋に至り、そこより田峰の駅に帰る。 ちょうどこの帰路のコースが約十六粁であるから、ノロクても五時間で鳳来寺電鉄に乗車できる。 一泊後のコースを出来山から足助に出るのもよい。 これは相当自信のある人のコースとしておきたい。 なお段戸御料林コースへ行く人には名古屋林野局の人々、鳳来寺電鉄が道案内や宿泊に相当便宜を計ってくれる。
【旅費】 愛電神宮前——田口駅(片道)2円24銭、 裏谷休泊所一泊80銭乃至1円、 合計5円48銭
