奇岩蝟集重畳
道は坦々たる一路
ハイキングコースを探ねて:極めて楽な矢作川上流コース
愛知県の産業的、文化的の要地たる岡崎を今日あらしめた矢作川の上流、美濃との国境に近い旭村小渡、広瀬間の国道を一途に歩く新コースである。 (写真は山に挟まれた道)
この新コースを探るべく愛電神宮前駅を出立した同行二人は新知立にて三河鉄道に乗換え約一時間電車にゆられて三鉄終点西中金に降り、ただちに三鉄経営のバスにて勤王の忠臣足助重範公の城址たる足助についた。 この付近には県下一の森林公園があり、その他足助鉱泉、香嵐渓などもあり、紅葉の頃には毎年名古屋よりの人出も相当多数に上るといわれている。 再び尾三バスに乗り、ゆられること約一時間にして、きょうの秋色を探らんとするコースの出発点、三州東賀茂郡旭村小渡に到達した。 この町は目下、大同電力のダム工事のため約二千人の人足が乗込んでいて、相当の活気を呈している。
これより矢作川に沿って文字通りコンクリートで固めたごとき坦々たる一本筋の国道を下る。 途中ダム工事に従事しつつある朝鮮人が石を一つずつ背に悠々と運んでいる風景は、全く原始そのものであり、また異郷的な眺めでもある。 付近の風光は特に秀抜な高峰とてはないが、山骨の露わな花崗岩の小峰丘陵が続き、日光の直射を受けることが少い。 進むこと約一里半にして、笹戸村に達する。 ここには矢作川の岸の岩間から湧出する鉱泉がある。 以前は宿屋のごときもなく入浴者は普通の農家に泊めてもらわねばならぬという不便な所であったが、現在では旅館も三四軒出来て交通も便利となったため、岡崎方面よりの入浴者でかなり客足が繁くなったようである。 再び足を進めること半里、中部電力の藤沢発電所を過ぐると矢作川の水は俄然少くなり、藤沢発電所完成以前には見ることのできなかった河底の岩が露わに突出し蝟集重畳して風色一段と加わり、人家は無く都で受けた俗埃俗塵を払い落すには申し分なき景趣である。 進むこと三里半、ようやく部落が目に付いた。 ここが三河鉄道嘗つての終点であった所の広瀬である。 ここで今日のコースを終り、一路名古屋へと急いだ。
この延長五里にわたる小渡広瀬間のコースは、道路は快適であり、一本道の堂々たるものであるにもかかわらず、名古屋小渡間、小渡広瀬間と、田舎ではあまり類を見ないほど立派な乗心地、まず九十点を与え得るバスが疾駆しており、小渡笹戸間の風景は平凡そのものであり、わざわざ足助をまわって貴重な時間と運賃を費すよりは広瀬より直接バスを利用して笹戸温泉まで行き、往路を再び広瀬に向って矢作川の風光を賞して進めば、わずか三里半の距離であるから、婦女子にも比較的容易なコースとなり、もし余裕のある人なれば、いま一歩広瀬を経て進めば、勘八峡の勝地に達することができる。 ここは別に高山幽石もなく、地域も狭いが、藍碧の水にのぞんだ岩崖の風色秀で、殊に春の山桜、秋の紅葉は相当都会人士の足を運ばしめている所である。 この勘八峡を賞し、三鉄沿線の越戸に出れば、笹戸よりの距離は約五里であるから、健脚を誇るハイキングマンなれば手頃なコースである。 或いは広瀬より笹戸まで歩き、ここで温泉にひたり半日を過ごし、帰路はバスの便を利用すれば、ハイキングを兼ねた一日の行楽地として申し分なき快適なものといえる。
(旅費) 神宮——新知立:47銭、 新知立——広瀬:1円、 広瀬——笹戸:バス65銭
