小林橘川氏に (上)

葉山嘉樹

名古屋新聞主筆 小林橘川きっせん氏は二十二日の同紙上で 「宣伝」 をくさした。 ことに宗教の宣伝を。

われらは、 同氏が無暗むやみに 「宣伝にろくなものなし」 と例外なく断言するその勇気に驚くのである。 宣伝が流行し初めたのは最近のように氏は考えているように見える。 宣伝の持つ言葉の内容を 「宣伝」 という文字で表現したのは或いは最近であるであろう。 しかし 「宣伝」 の精神は往古おうこよりあったもののように考えられる。

クリスト教が二千年後の今日になお存続し、 仏教の思想がなお今日にまで伝わっているのは、 「宣伝」 という言葉の内容を人類が常に持っていたからではあるまいか。

厳密にいうならば、 また考えようによるならば、 言葉といい文字といい、 皆これ宣伝のみの用であるとも云えよう。 また、宣伝することの出来るものは必ず相当に、 その宣伝をしようとする内容に思索を費した上のものである。 宣伝することの出来ないものにこそ碌なことはあるまい。 心より叫ぶ宣伝は、 よし間違っていようとも、 誤っていようとも、 秘密にしようとすることよりも、 その内容の傾向と素質が善良である。 要は真剣であるか不真面目であるかの別が、 公開と秘密との差に別れる。 自分の愛を喜んでさらけ出すのは偽悪である。 そういう人は善良な、 愛すべき素質を持っていながら、 その素質を公開することが、 偽善者と考えられはしないかという、 ほとんど臆病なほどの気兼ねをしている人であろうと思う。 そういう人々は愛すべきかな

ドストエーフスキーは、その作 『死人の家』 の中で、 人の心を鏡に例えた。 ある極悪の監獄長の少佐が、 無邪気な囚徒に向って罵詈ばりを極めた。 若い無邪気な囚徒の答えはこうであった—— 「分らないか、この野郎! 貴様は自分自身の姿を鏡で見ているんだぞ」 と。 私はよくこの言葉を思い浮べる。 そして私が甚だ粗悪な凸凹でこぼこだらけな曇った鏡を持っていることを恥しく思う。 私はいつも、 私の今ある一番底の信念と思想とから、 私に映ずる一切の事象を批判しようとしている。 けれども、私は低級な人間であるために、 つい浮々していて中途半端な点に立って、 うっかり批判したり論断してしまったりする。 私たち 『極楽世界』 の同人は決して他の人が 「釈迦」 や 「クリスト」 でないという理由で非難はしない。 それどころではない、 私たちは自分自身の改造さえ意のごとくならぬのに嘆き、 常に仏に祈っているくらいだ。 決して小林氏の説のごとく、 宣伝を快とするものではない。

われわれは余り複雑に考えずに深く考えるとき、 いいと思うことが誰の考えも大抵似通ったものであることを見る。 そして深く考えるということは理路整然と論理の上に立って、 その範疇はんちゅうから一歩も踏み出すまいとしては考えないように思う。 われらは大きな自然から偉大な感激を受けるが、 それは決して何々なるが故にく偉大であり荘厳であるとは考えないのである。 大自然の前に立ってその崇高な精神と雄大なる現われとを見て、 自分の小さいのを知るのである。 その小さい自分がこの偉大なる自然から一切を認容されていることを知って、 われわれは神の偉大を知るのである。 歪んでいるわれらの鏡にさえこのように崇高なる姿を映す自然の前に、 われらはわれらの無限の幸福を与えられ、 差しつけられていることを知る。

シベリヤの茫漠たる原野を、 深林を、 太平洋を、 または名古屋の市外における平野を、 所有するという考えは、 「神」 を見た者にとっては考え得られぬことである。

余りに多く批判し、 とがめるよりも、 自分は自然が私に与えたる啓示を見落さぬように心がけ、 人類の全部とともに自然を礼拝らいはいしようと思うのである。 「クリスト」 は 「われもまた汝の罪を咎めず」 と云われた。 誰が誰を咎め 非難し得ようぞ。 ただ共に手をとって進み、 共に手をとって近づくのみである。

〔大正10年5月25日 『新愛知』 「緩急車」欄〕

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