一昔前には 「神々の死」 が唱えられた。 今は 「哲学の死」 が唱えられる。

殿堂の奥にだけ得堪える神様を激しい社会の争闘場へ持出すと、 すぐその神々は死んでしまう。

カントの掲げた燈火ともしびは大きかったが、 その光は書斎を照すに過ぎなかった。 この光を街頭へ持ち出すと、 光は滅してしまう。

この頃、 文藝ぶんげいの社会化が唱えられるが、 文藝者が書斎に埋もれて、 街頭へ飛び出さない間は、 その文藝はいつまでたっても書斎の中のものだ。 そんなものに社会批評が出来てたまるものか。

社会の実際運動に携わる者の作品が、文藝作品として至純のものでないように思いたがるような、 ケチで、 排他的な島国的根性が、 文壇をおおうている日本に、 どうして偉いものが出る。

ロシアやフランスの代表的作家は、ほとんど例外なしに文藝家にしてつ実際運動家であった。 日本にロマン・ローランが生れないのも当り前だ。

〔大正10年6月22日 『新愛知』 1面 「如是」欄 無題コラム〕

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