金子白夢氏の『体験の宗教』を読む (上)
鵜飼桂六
最近、金子白夢氏は書肆京文社より『体験の宗教』と題する一本を公刊せられた。幸いに私は氏の知を辱うするの故をもって、そが寄贈を受く。今その厚意に酬いんとて書き出すものが私のこの文である。
氏の物語によれば、這は実に二十年に近き長年月を閲して始めて世に生れ出でたりとのことである。したがって氏の傾注した努力が真に畢生の努力であったことは今更ここに多言を要しない。今、私も慨然として心に痛むことあり、ほとんど寝食を忘れて、「貧者の霊魂」に筆を執りつつあるが、由来浅学にして、また遅筆の身、思うことの幾分をも紙上に伝うる能わず、ただその無為を喞つのみである。然るに氏は篤学にして而も達文の人、その人にして猶且二十年の久しきに亘る苦心の血涙を絞らる。私の屡々実感より受くる熱き涙と共に、氏の心情に想い及ぶ時、私は常にいみじき敬虔の念に打たれざるを得ない。夫れ人の著作に志すや、心を痛め、身を痛むること斯のごとし。この故に私は常に言う、軽々に文章言論と実行運動とを明瞭に区別する者、断じて顧みるに足らず、と。
敢て問う、如何なる実行運動でも、主として文章言論の力に依るのではないか。また問う、自己多年の研究を書斎より街頭へと発表する、すでに一種の実行運動ではないか。労働運動は勿論、その他の政治運動でも、経済運動でも、婦人運動でも、あらゆる一切の社会運動が依然として演説、談話等の手段に愬える限り、いつまで文章言論と実行運動との区別を争わんとするか。私は氏の如き忠実なる人生の批判者に対して、動もすれば、この種の非難を加うる者あることを頗る遺憾とする。氏のために敢てこれだけのことを冒頭に弁護しておく。
氏の述作のすべてを通じて常に私の心胸に響き来たるところのものは、寒林枯木のごとき静寂味を帯べる東洋の禅的思想と、澄流清水のごとき透徹味を含める西洋の基督教思想とを、織りて以て渾然たる一如の世界に融合せしめんとして、あらゆる努力を傾けられたる其の苦艱の跡である。他の言葉で謂えば、客観的妥当性を有する意味においての禅の直覚主義と、主観的普遍性を有する意味においての基督教の神秘主義とを、従来よりの伝統的、因襲的なる概念をもって観ることなく、むしろかえって超然と、かくのごとき一切の規範と約束とから逸脱せしむべく主唱せられて、勇敢に且大胆に「禅即基督教」、「基督教即禅」と喝破せられたる点に在る。この意味において氏の述作は正に世界宗教史上に一大進歩を画したるものであり、そしてまた一大革命を齎さんとしつつあるものである。
氏の述作に対して紀平正美博士の序の一片は言う――「金子白夢君は基督教に立脚する人、然もその特殊的のものに着せずして、その真態に突入せんとして、ここに必然的に逢着せざるべからざりしは、特に東洋に開展の道を拓きたる禅の好機なりき。然も君はこれにもまたその特殊なるものに着せず、只管に主観の無限的真態への路を開かんとす」と。私は今何らの躊躇なくこの批評に裏書する。
〔大正11年3月11日 『名古屋新聞』 「反射鏡」欄〕